20世紀になっても「空は飛べない」と学者たちは信じていた

いまは当たり前のテクノロジーが登場した時には否定されるのは珍しくない。新しい技術への期待よりも警戒、光よりも影が強調されがちだ。それも、知的エリートたちが率先して。飛行機もそうだった。SF小説の巨匠、アーサー・C・クラークが、学者たちの守旧派ぶりを記録している。

SF好きの人ならば、アーサー・C・クラークの名は知っているだろうが、そうでない人も、スタンリー・キューブリック監督の名作映画、「2001年宇宙の旅」の作者と言えば、思い当たる人も多いだろう。Kobaちゃんは、学生時代に「地球幼年期の終わり」を読み、小説の舞台となる時間、空間、構想のスケールの大きさに読後、ボーっとなった感触を覚えている。

そのクラークが取り上げているのは、飛行機開発のことで、時代は、20世紀になったばかりの頃だ(以下、「未来のプロフィル」(ハヤカワ文庫)から引用。10年ほど前にアマゾンの古本で300円程度で買ったが、いまは何と最安値で4880円になっている)。

アーサー・C・クラークの発掘

10数年後には第一次世界大戦で戦闘機が登場し始めるというそんな時期に、「科学者たちは口を揃えて宣言した--空気より重いものの飛行は不可能だから、飛行機を作ろうなどと考えるのは愚の骨頂だと」言われていたそうだ。そして、実名をあげて飛行機を認めない当時の学者たちの愚を明らかにする。クラークの文章をそっくり引用する。

「またアメリカの高名な天文学者サイモン・ニューカムは、つぎのように結論した有名な論文を書いている。
『既知の物質と既知の機械類と既知の動力をどのように結びつけようと、人類を遠距離にわたって空中飛行させる実用的な機械をつくることが不可能だということは、物理的事実の論証として可能なかぎりの完璧さを持っていると、わたしには思われる。』
ニューカムのこの論文がひろくしれわたったちょうどそのころ、自転車屋をやっていたライト兄弟が、店に適当な反重力装置がなかったため(※クラークのジョークだ)、グライダーにガソリン・エンジンを取り付けつつあったのだ。兄弟の成功のニュースが耳に達したとき、天文学者は一瞬うろたえた。~『だが、実際には重要な意味は持っていない。なぜなら、操縦者のほかに余分な旅客重量まで運ぶなどということはまったく論外だからである』」(同書17~18㌻)。

往生際の悪いことに、ライト兄弟の飛行機が飛び立って2、3年後にこんな文章も書かれているという。書き手は、ウィリアム・H・ピッカリングという、これも天文学者だ。

「一般の人々は、巨大な飛行機械が大西洋上を高速度で飛びわたり、近代の基線にほぼ匹敵するような大勢の旅客を運んでゆくすがたを思い描いている…が、そんな考えはまったく空想的なものと考えたほうが安全だ。飛行機械が一人か二人の旅客を乗せて大西洋を横断することが、かりにできたとしても、それは自家用ヨットを持つような資本家階級以外には、経費の点でとても望めないぜいたくなのだ。以下略」(同書18㌻)。

いま、世界では、年間40億人超が飛行機を利用しており、この見通しも大外れになってしまった。

新しいテクノロジーが登場すると、ワクワクする人もいれば、その一方で、懐疑の目を向ける人も必ず出てくる。新しいテクノロジーが常に花開くわけではない。いま大流行のAI(人工知能)も過去二度ブームが起きてしぼんだ。飛行機もひょっとしたらそんな過去があったのかもしれない。なので、懐疑派の判断が正しかった事例がこれまでになかったとは言えない。

そうとは思っても、クラークの本を読むと、これほど見事に飛行機を全否定する人がいたというのは驚きである。