「EV時代はかなり先」というトヨタの判断は正しいのか

トヨタ自動車がハイブリッド車(HV)などの電動車関連特許2万3740件の無償提供に踏み切った(ニュースリリース)。次世代自動車ウォーの行く末を見極めたいので、トヨタの狙いを推測する記事や資料をいろいろ読んでみた。そこで改めて思ったのが見出しに掲げた疑問だ。

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ハイブリッド車こそ「現実的な解」

特許無償開放の理由について、発表日の4月3日に寺師茂樹副社長(先端技術担当)が記者会見でこう語っている。
「欧州などで二酸化炭素(CO2)の排出規制が強化される中、従来の技術では限界が見えてきた。電動化に移る現実的な解がハイブリッド車(HV)ではないか」(日経新聞)。

「従来の技術」とはガソリン、ディーゼルエンジンのことを指しているのだろうか。ま、それはともかく、厳しくなっていく車の環境規制に自動車メーカーが対応していくには、HVの生産を増やすしか選択肢はないと言いたいようだ。

車の環境規制の厳しさについて紹介すると、会見後の4月15日にEU(欧州連合)が決定したばかりだが、EU域内で2030年から販売する新車はCO2の排出量を21年比37.5%(乗用車)、31%(小型トラック)減らさなければならない(日経新聞)。

米カリフォルニア州ではすでにZEV規制が施行されている。ZEWとは、ゼロエミッション車、つまり排出ガスを一切出さないEV、FCV(燃料電池車)のことを指す。同州内で一定規模の自動車を販売するメーカーは、そのZEVを一定割合で販売しなければならない(次世代自動車振興センター)。

一定割合とは2018年以降は販売台数の16%になっている。ただし、16%すべてをZEVだけで満たすのは難しいため、過渡的な措置としてプラグインハイブリッドカー(PHV)などの組み入れも認められている。

EUの新規制に対しメーカーからは「実現は厳しい」との声が多いという(同上日経)。米国では規制基準を満たせない自動車メーカーは、EVひと筋のテスラから排出権を買って、しのいでいる。テスラにとっては排出権売却は強力な利益押し上げ要因で、そのお陰で昨年、8四半期ぶりに黒字転換したほどだ(Kobaちゃんの硬派ニュース)。

世界的に進む環境規制に自動車メーカーは頭を悩ませているわけだが、もちろんEVを大幅に増やすことで規制に対応するという選択肢もある。独フォルクスワーゲン(VW)はその道を選んでいる。

しかし、EVは「高い(価格が)、短い(航続距離が)、足りない(充電ステーションが)」の三重苦を完全に克服できていないので消費者もまだ二の足を踏む段階だろう。世界のEVとPHVの販売台数は200万台程度だ(兵庫三菱自動車販売)。

そこで、「いずれはEV時代を迎えることになるでしょうが、まだ先のこと。それまで規制をクリアするには、HVでつなぐのが現実的ですよ。トヨタの技術をどうぞ使ってください」というのが寺師副社長が会見での発言に込めたメッセージなんだろう。

2030年にEV、FCV10%、2050年でもわずか20%

調べてみると、「EV時代はまだ先のこと」というトヨタの判断は、今になって始まったわけではなく、2017年12月18日にすでに明らかにしていた(ニュースリリース、グラフもこちらでダウンロードできる。日経XTECH)。

「電動車普及に向けたチャレンジ」と銘打った発表で、「チャレンジ」だから計画というよりも目標のニュアンスだろうか。その「チャレンジ」によると、トヨタは2030年のグローバル販売台数のうち50%(550万台)以上を電動車両にする。数字を見るとかなり電動化を進めるなという印象だが、うち450万台はHV、PHVで、排ガスゼロ車(ZEV)のEV、FCVは100万台以上とグローバル販売全体の10%程度なので、チャレンジ感は乏しい。

ZEVの割合は、2050年になっても20%程度だ(発表文には書かれていないがグラフから推測した数字)。フォルクスワーゲンが2030年に世界販売の40%をEVにする計画を打ち出しているのに比べ(日経新聞)、よく言えば現実を踏まえた、悪く言えばブレークスルーのない地味な計画だ。

EVの普及見通しについては強気、弱気いろいろあるらしい。「電読」というブログがトヨタも含め3つの見通し紹介してくれている。

ブログは、ZEV(EVとFCV)の割合を比較しているが、IEA(国際エネルギー機関)では、2050年に40%程度、コンサルタンティング会社のデロイト・トーマツは、2050年でZEVが86%程度となっている。トヨタの控えめな数字とはずいぶん違う。

しかし、その違いを云々しても、「神学論争のようなもので永遠に議論は噛み合いません」と電読の筆者さん(自動車3社を渡り歩き、いまコンサルティング業界に片足を突っ込んでいる)は言う。

というのは、10年~50年先を見通す長期予測は、メガトレンドや「ありたき姿」から演繹的に予測するバックキャスティングという手法が採られるそうで、「「ありたき姿」から逆算された未来」になりがちという。

「EV時代先送り」宣言だろう

つまり、「予測した人の立場や想いが色濃く反映されたもの」になる。Kobaちゃんもトヨタの「EV時代はかなり先」という読みは予測ではなく、「かなり先にするぞ」という宣言にいつしか聞こえてきていた。寺師副社長の発言は、EV時代が早く到来しないようにHVを普及させるというトヨタの戦略と解釈できるのではないか。

世界に先駆けてHV・プリウスを量産して勝ち続け、EVに出遅れたトヨタ、既存技術に関わる人々の雇用を社内外にたくさん抱え、簡単にはEV中心へと舵取りできないトヨタにとっては当然の戦略で、EV時代をできるだけ先送りしたい気持ちはわかる。

こうして調べて考えていくと今回のブログの見出し「判断は正しいのか」は、的を射た疑問の設定ではなく、問うべき問題は、「トヨタはEV先送り戦略で次世代自動車ウォーに勝てるのか」であることがわかってきた。

今回の特許無償提供は、HVの仲間を増やそうと攻勢を仕掛けたわけだが、2017年12月に「電動車チャレンジ」を発表してから1年3カ月以上経って無償提供を決めたはその後のEV普及のスペースを見て自社の判断に自信を持てたゆえなのか。あるいはその逆か。

ハイテクウォーに国を挙げて挑んでいる中国は、ガソリンエンジン車では先進国に追いつかないからEV車で一気に挽回して自動車強国の地位を確立しようと、EV車優先の政策を取っている(Kobaちゃんの硬派ニュース)。EVはいまは三重苦だが、EVの本体である電池の技術でブレークスルーが起きるかもしれない。

本ブログでも、技術ジャーナリストが過去に日本が誇るテクノロジーが置いてきぼりにされる事例を挙げてEV優勢説を唱えた本(『EVと自動運転』)を2回に分けて紹介したことがある(

そもそもトヨタがHV技術を無償開放したからといって、いまさらHVの製造を始めようという自動車メーカーが現れるのだろうか。悪材料もある。前述したカリフォルニアのZEV規制は、2018年からHVをエコカーにカウントしなくなった。ガソリン車と同じ扱いになったのだ(CSR  today)。

寺師副社長は会見で「問い合わせが増えた」と語っているが、その言葉の重みは、今後仲間入りを名乗り上げるメーカーの有無で測れるだろう。

豊田社長の危機感

こうした不安、危機感は豊田章男社長も抱いているに違いない。豊田社長は、今春闘の第3回労使協議会で(3月6日)で、トヨタ労組にこう一喝したそうだ。
「今回ほど、(組合との間に)ものすごく距離感を感じたことはない。こんなに噛(か)み合ってないのか。(トヨタの)生きるか死ぬかの状況がわかっていないのではないか。背中(会社)にも言っているし、こっち(組合)にも言っている」

これに対し、労組執行部は、「評議会ニュース」の緊急特集号を出し、「トヨタがおかれている状況の甘さを深く反省」すると社長に謝罪したという(機関紙連合通信社)。

豊田社長に危機感をあおられてすぐに謝っちゃう労組執行部も頼りないけど、社長が危機感を感じているのにはウソはないだろう。HV、FCVが置いてきぼりにされるかもしれない--あおるつもりはなく本気でそんな不安を抱いているはずだ。

※豊田社長の労使協議会での発言は、トヨタの方向性を伝える(社内向けでもあろう)「トヨイズム」に映像で紹介されている(こちら)。9分40秒付近に出てくるが、「生きるか死ぬかの状況がわかっていないのではないか」は編集されて削られている。その後の組合委員長らしき人が締めに、「今日も再三言われた、生きるか死ぬかという状況で、会社からは大変強い危機意識を伺いました」と発言している。

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