名著『暗号解読』② 量子コンピュータも解読できない暗号の仕組みとは

前回は、サイモン・シンの名著『暗号解読』(新潮文庫)をベースに、現在の標準暗号であるRSA暗号の仕組みと、その強度についてまとめ、基本的には、いまは盗聴者よりも暗号が優位にあることを伝えた。

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量子コンピューターの誕生日がビットコインの命日

しかし、原理的に解読不能なわけではなく、時間さえかければ暗号は解読できる。ただ、100年先に解読できても役に立たない。もっと速く計算しなければ解読の意味がないのだが、古典力学の法則をベースにした既存のコンピュータには限界がある。

量子力学の法則に従う量子コンピュータならば、既存のスーパーコンピュータをはるかに上回る速さで計算できるので、秘密鍵p,qを探り当て、暗号を解読してしまう。

量子コンピュータの仕組みは人に説明するほどKobaちゃんは理解していないが、一度に並列処理するので高速計算できるようだ。

どれだけ計算速度が速いかというと「従来のコンピュータの実に約1億倍」との数字があった(日立ソリューションズ・クリエイト)。

1億倍程度では、「解読まで200億年」の暗号を復号するのに200年かかってしまうが、さらに速度を向上させるとみられているのだろう「金融分野を中心に広く採用されている暗号が容易に解読可能になると言われ、一部の専門家は、10年以内に量子コンピュータがそれらの暗号を破るのではないかと予測しています」としている(同上)。

「第1号の量子コンピューターの誕生日が、ビットコインの命日になる」とサイバーセキュリティの専門家は断言している(ニューズウィーク)。

国家安全保障の概念は葬り去られる。軍事情報が解読されて、敵方に筒抜けになれば、ワンサイドの戦いに終わるだろう。

これまで、人類の歴史の中で、暗号技術が必要とされてきたのは、軍事通信、外交通信の分野だけだったが、パソコンやスマホ、インターネットなどデジタル技術が日常の生活の中に入り込むようになったいまは、暗号解読は一般人の生活も脅かす。

シン氏は、著書『暗号解読』の中で、量子コンピュータについて「それはわれわれの一人一人にとっても、そして国際ビジネスや地球規模の安全保障にとっても凶器になりかねないものなのだ」と警戒の言葉を発している(下巻254㌻)。量子コンピュータは、人類の役に立つこともたくさんやってくれるのだろうが、デジタル社会の破壊者にもなりうる。

デジタル社会の守護神「量子暗号」

だからと言って、その脅威に怯えてアナログの世界に戻ることはもはやできない。そんなわれわれをデジタルの世界に踏みとどまらせてくれるのが「絶対に解読されない暗号」を提供する量子暗号の技術だ。

量子力学から生まれる量子コンピュータが破壊者となる一方で、同じ出自の量子暗号がデジタル守護神として振る舞ってくれるわけだ。シン氏は量子暗号のことを「永遠の安全を保証してくれる完全無欠の暗号システムなのだ」(下巻255㌻)と太鼓判を押している。

シン氏は、量子暗号について、下巻255㌻から説明しているが、粗っぽいまとめ方をすると、次のようなことらしい。

量子暗号で、データを運ぶのは光子(フォトン)だが、光子は振動しながら空間を進む。同じ方向を進む光子でも振動の方向は上下(垂直)だったり、左右(水平)だったり、斜めだったり、あらゆる角度に振動する。これを光子の「偏極」と呼ぶそうだ。

量子暗号は、この偏極の角度を盗聴者が検出できないことに着目した技術だ。「量子暗号では、アリス(送信者)とボブ(受信者)は(暗号を解く)鍵を取り決めることはできるが、イブ(盗聴者)がその鍵を傍受しようとすれば必ず間違いを犯す。量子暗号にはこれ以外にも、イブに盗聴されていることをアリスとボブが知ることができるというメリットがある。なぜなら、イブが測定したことによって光子の状態は変わってしまい、アリスとボブはその変化に気づくからである」(下巻279㌻)。

ネットで調べると、こんな説明もあった。
「量子暗号がデータの受け渡しに使うのは光子(光の粒、量子の一種)だ。その特徴は、少し触れただけでも性質が変わってしまう点にある。だから、暗号を解読するための鍵を光子で送れば盗聴された時点で鍵が壊れてしまうため、受信者は盗聴に気付くことができるし、暗号は解読されない」(KDDI「TIME&SPACE」)。要するに原理的に暗号解読できないのだ。

日本も2025年に量子暗号実用化を目指す

量子コンピュータが完成する前に量子暗号技術を確立しなければならず、先進各国は開発に力を入れており、日本も2025年に量子暗号の実用化を目指すとの記事が最近流れた(共同通信)。

記事によると、政府は25年に全国で量子暗号を使える環境を整える考えで、既存の光ファイバー網の活用するらしい。2020年度予算の概算要求に総務省は、研究開発費15億円を盛り込む。将来的には、各国首脳とのビデオ会話や外交上の機密情報などに量子暗号を利用できるよう、人工衛星で通信網を整備するという。

では、量子暗号が先んじなければならない量子コンピュータが完成するのはいつだろう。量子コンピュータにはいくつかの種類があるようで、完成年の見通しも異なるらしい。近く改めて調べてみたいと思う。

日米EU先進国、そして中国は、ハイテク・ウォーズを繰り広げている。各国政府、企業がしのぎを削る戦線は、AI、5G、自動運転、電動車、ゲノム編集(クリスパー・キャス9)、量子コンピュータ、量子暗号と幅広く広がっている。どれも産業や国の盛衰を左右する重要な技術で、優先順位もつけにくい。ただ、暗号をめぐる攻防を見ると、マグニチュードの大きさでは、量子力学はトップクラスのように思える。