10月の台風19号来襲時に荒川が氾濫しそうだったことを調べて書いたが(「台風19号で荒川は本当に氾濫しそうになったのか」)、先日、東京新聞が「隅田川 氾濫の恐れあった」という記事を出して、荒川と隅田川の水位の関係などを報じ、興味深く読んだ。
ただ、図のない記事なのでどうもイメージがつかめない。そこで、ネットで調べたら、分かりやすい図があった。台風19号時の河川の状況を理解する助けになると思うので、紹介したい。
まず、11月8日の東京新聞の記事から(原文は、漢数字だが算用数字に変えた)。
記事の趣旨は、荒川と隅田川の分水点になる岩淵水門(北区志茂5=図1)を閉鎖しなかったら隅田川は氾濫していた、というものである。当時の水位の状況はこうだった。
「(岩淵水門を10月12日午後9時17分に)閉めた後、10月13日午前9時50分時点で、観測所の最高水位が避難判断水位(6・50メートル)を上回る7・17メートルまで上昇していた。これは、隅田川の堤防の高さを27センチ超過している。隅田川と荒川の水の高さの差は5・55メートルに達していた」。
「同事務所は「岩淵水門を閉鎖していなければ、隅田川の堤防を越水し、氾濫した恐れがある」としている。水門の閉鎖は、水位が低下した15日午前5時20分まで続いた。」
記事を読むと、隅田川は荒川よりも低いところを流れているようだが、その位置関係と堤防の高さなど、図がないのでわかりにくかった。
でも、この図を見て、イメージがつかめた。昨年11月17日に都内で開かれた「「人と水害」過去・現在・未来」という地盤工学会関東支部などが主催した講演会で提示された図だ。
発表者は、国交省荒川下流河川事務所の荒川泰二氏。冗談みたいだが、荒川姓の人が発表者だった。
「荒川の治水と水害」と題する講演レポートの25㌻に、2007年9月7日から8日にかけての台風9号による大雨の際の荒川、隅田川の水位の状況が図示されている。北区赤羽付近で、荒川は右岸になる。この図に、記事に書かれた台風19号の時の数字をあてはめてみよう。
図中の「A.P.」とは、荒川水系における水位の高さを示す。中央区新川にある「霊岸島水位観測所」の水位が基準になっている。
荒川が氾濫寸前になった時の対応
2007年9月時の荒川の最高水位は5.09メートルだが、台風19号時は7.17メートルに達した。記事では、「これは、隅田川の堤防の高さを27センチ超過している」とある。
隅田川の堤防の高さは図2からわかる。荒川の堤防高は12.5メートルで、隅田川はそれより5.5メートル低いから(堤防高差5.5m)、差し引き7メートルになる。
荒川の水位は7.17メートルだから、岩淵水門を開放して、荒川本流の水が隅田川にも流れると、「17センチ超過」になるわけだ。記事の「27センチ超過」というのは、堤防の場所にもよって多少の差があるだろうから、その範囲内だろう。
続く記事の「隅田川と荒川の水の高さの差は5・55メートルに達していた」という数字からは、「7.17㍍-5・55㍍」で、隅田川の最高水位がわかる。1.62メートルだ。図2では、2007年9月時は1.75メートルだったから、それよりも水位は低かったことになる。
1.62メートルとすると、堤防までまだ5.38メートルの余裕がある。一方、荒川は7.17メートルならば5.33メートルの余裕を残している。しかし、荒川が氾濫の恐れが高まった時、岩淵水門を一時、開放するという選択肢はないのだろうか。そこまで機動的な対応はできないのか。
「荒川放水路物語」という本があります。岩淵水門から下流の荒川は人口の河川ですのでその放水路は何故できたのかがこの本に書いてあります。