欧米よりケタ違いに感染者が少ない日本でなぜ医療崩壊が起きるのか

目次

病床数は160万もある

病院側の「満床願望」で空きベッドが少ない

現場は、医師、看護師不足

 新型コロナ感染症の増加に伴い、各地の医師会から医療崩壊寸前との悲鳴が上がっている。患者がほったらかしにされる医療崩壊は恐ろしい。だが、その一方で、欧米に比べたらケタ違いに患者数が少ない日本でなぜ医療崩壊が起きるのか不思議だった。調べたところ、その疑問に答えてくれる医師インタビューがあった(ヨミドクター)。

 

 その医師は、かつて財政破綻した北海道夕張市の診療所長を務めていた森田洋之氏。一橋大学経済学部を卒業した後、宮崎医科大学で医学を修得した異色の経歴だ。

 

 夕張市は、財政破綻で171床あった総合病院が19床の有床診療所になり、当時、医療崩壊だと大騒ぎされた。最後は診療所の所長までやった森田氏は、「「医療崩壊」と言われるものが結構いいかげんだったな」という実感があり、今回も「何か隠れた問題があるのではないかと思って調べてみたら、山ほどあるわけです」と語っている。

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病床数は160万もある

 医療崩壊と聞くと、その原因として、人口当たりの医師、看護師不足、病床不足あたりを想像するのだが、森田氏が問題視するのは、日本の病院の病床運営方法と中小病院の乱立だ。個々の医療従事者が現場でいくら頑張っても、もともとシステムの建付けが悪いから崩壊しやすいようだ。

 

 結論を先走ってしまったが、まず、医療スタッフや医療施設不足が原因ではないかという疑問については、医師は他の先進国よりやや少ないものの病床数は多く、医療水準は世界的に劣らないと森田氏は見る。「日本には約160万の病床があって、人口当たりの病床数は世界一です。CT(コンピューター断層撮影法)やMRI(磁気共鳴画像)の機器も多いことがよく知られています。人口当たりの医師の数は先進国の中では少ない方なので、1人の医師が多くの病床を受け持っているという問題がありますが、全体としてみれば日本は医療資源に恵まれています。人口当たりの看護師数も少なくありません」

 

 確かに病床数は突出して多い。経済協力開発機構(OECD)の調査によると(各国のデータはおおむね2017年時点)、人口千人当たりの病床数が、日本は13.1とOECD加盟国平均の4.7を大きく上回っている(NIKKEI  STYLE)。(日本の病床数が非常に多いことに対し「精神病棟を重複計上しているから」とか、「感染症病床は少ない」といった指摘もある)。

病院側の「満床願望」で空きベッドが少ない

 病床はたっぷりなのに、なんで崩壊するのかというと、森田氏は「病床の活用に機動性がないということです。これには二つの面があって、私は「縦の機動性」の問題と「横の機動性」の問題と呼んでいます」と指摘する。

 

「縦の機動性」とは、ドイツやアメリカのように、コロナ感染が増えたら、集中治療室(ICU)の病床を増やし、感染が減ったら元に戻す運営の機動性を指す。「仮に10年に1度の流行のために、病床を常に保持しておくというのはナンセンスです」。ところが、日本の病院にはそうした柔軟運営ができないというのだ。

 

 なぜなら、ひとつには、病床の増減は、大規模病院でないとやりにくいが、日本では、50床、100床規模の中小の民間病院が乱立している状況にあるためだ。病院間の競争が激しく、「病院が「集患」に努めて満床を目指すというのは、医療業界では当たり前のことです。どこの病院も満床を目指さないと経営的に厳しいわけですから」という。「集患」とは「集客」をもじった医療業界用語らしい。

 

 160万の病床があっても「ふだんから、ベッドがいっぱいで救急患者を受け入れられない」状況なのだ。日本の医療崩壊は、病院経営者の「満床願望」がなせる業と言える。一朝一夕では変わらない構造的問題に見える。

 

 病床活用の機動性のもうひとつの「横の機動性」については、ごく短く「地域内での医療資源を配分できるような機動性」と語っている。医師、看護師、病床を感染が急増した地域に機動的に配置することを指すのだろう。

現場は、医師、看護師不足

 森田氏の見方は、病床の供給面の問題に焦点を当てているが、医療現場が医師、看護師不足に苦しんでいるのも現実だ。新たに整備された「大阪コロナ重症センター」で看護師が足りず、吉村大阪府知事が、全国知事会や自衛隊に看護師の派遣を要請したのをはじめ(NHK)、各地の病院、医師会から不足を訴える声があがっている。

 

 この問題は、森田氏が言う「横の機動性」である程度解決できるのかもしれない。実際、大坂の重症センターは、吉村知事の呼びかけに応じた他府県や自衛隊からの看護師派遣などで1215日にスタートできた(東京新聞)。いま優先的に必要なのは、横の機動性かもしれない。

 

 新型コロナの重症患者には、医療スタッフが数人必要になるとか、コロナ患者は相部屋にできないといった事情もスタッフ不足に拍車をかけている。感染症を専門とする医師が少なく、医療現場での人材ニーズとのミスマッチも起きていそうだ。ほかの国はどうなんだろう。日本は他国に比べ、患者への対応がきめ細かいので、医療崩壊に陥りやすいのだろうか。

 

 いろいろと疑問はあるのだが、とにかく目の前に差し迫った医療崩壊を避けたい。国民が感染抑止に努めるのはもちろんだが、行政の手腕にも期待したい。森田氏はインタビューで「人口が200万人を超える名古屋市で、わずか180床しか実際に使えるコロナ対応病床がなかったと報じられましたが、それで病床不足と言われても、行政がきちんと仕事をしていなかっただけではないでしょうか」と指摘する。構造的問題を抱えてはいるが、まだまだ、やれることはありそうだ。

 

「みんな頑張れ」と個々の努力に頼る結論になってしまったが、もちろん、それだけでいいとは思わない。感染者数がケタ違いに多い欧米から「なんで日本で医療崩壊?」と不思議がられる事態を避けるには、やはり「満床願望」という構造的問題を踏まえた解決が必要だろう。

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