目次
SPACとは
なぜ注目されている
テスラに続け! EV新興企業が上場へ
バブル的な現象
ダイナミックさか健全性か
米国の株式市場で、「SPAC(スパック)」という上場手法が大ブームになり、新興企業(スタートアップ)が資金を手に入れやすくなっている。バブルめいたところもあり、泡と消える企業もたくさん出るだろうが、中には「GAFA」やテスラのようなスター企業に転じるスタートアップもあるかもしれない。米国の新興企業にまた先を越されそうだ。いったい、SPACとは何なのか。
米国のSPAC熱はヒートアップしている。1月にはSPAC約90社が新規上場した(ブルームバーグ)。2020年の上場数が約250社だから、このペースで進めばわずか3カ月で昨年の数字を上回ってしまう。
SPACとは
米国の投資家たちを熱狂させるSPACとは、Special Purpose Acquisition Companyの頭文字を取った略称で、特別買収目的会社と訳される。SPAC自体は具体的な事業を行っていないペーパーカンパニーだ。事業の実体を持っていないので「空箱」とか「Blank Check Company(宛名のない白紙小切手会社)」とも呼ばれる。
そんな頼りない会社にもかかわらず上場する。1月にソフトバンクグループが設立したSPACも米ナスダック市場に上場した。
では、いったい何のために「空箱」を設立するかというと、まだ上場してない会社(未公開企業)を買収し、上場させるところに目的がある。SPACがやることは、こんな感じのようだ。
①企業を買収することを約束し、自らが上場することによって投資家から資金を集める、②2年の期間内に、その資金を使って新興企業を買収・合併する、③買収された新興企業を存続会社として再上場する。新興企業は、資金を得られるし、上場も果たせる、④一方、SPACに出資した投資家は、SPACの株式を新会社の株式と交換できるので、新規上場株の値上がり益を手にすることができる。
SPACが上場した時点では、どんな新興企業を買収するかは、業種程度は投資家に示すが、具体的な企業名はこれから探すからわからない。行先不透明なところがあるので、SPACを立ち上げた人物、組織の信用力が重要になってくる。ただ、買収先を決める時には株主総会の承認が必要で、SPACが独走しないようにしている。
なぜ注目されている
米国では2020年に約250社のSPACが上場し、調達額は計800億ドル(約8兆3000億円)を超える。SPACに買収された企業は、雑誌「プレイボーイ」を発行していたプレイボーイ・エンタープライゼズをはじめ、スポーツカジノのドラフト・キングズ、宇宙旅行ベンチャーのバージン・ギャラクティック、医療保険のクローバー・ヘルスなど多彩だ(JCASTニュース)。
多用されるようになったのは、一般的なIPO(株式公開)に比べ、短期間で上場できて投資が回収できるからだ。ファンドに投資した場合は、投資回収までに5年から10年かかるが、SPACの場合は、長くて2年で終わる。SPACによる買収がうまく進まなかった時には、金利をつけて投資資金が返還されることになっている。
個人投資家も少額で投資しやすい。未公開企業の株式は機関投資家や富裕層など限られた投資家しか手に入れるのは難しいが、SPACは上場しているのでそんなことはない。ただし、どんな新興企業を買収するかは、SPAC次第だが。
新興企業側にもメリットがある。一般的なIPOでは、担当する証券会社が株の売れ残りを心配して公開価格を低めに設定しがちだが、SPACならば、買収価格をSPACの運営者との交渉で決めるので、新興企業の意向が通りやすい。
SPACは、以前からあった手法だが、2020年に急増したのは、新型コロナ不況対策のためFRB(連邦準備制度理事会)が大規模な資金供給に踏み切ってカネ余りになったことも背景にある。
テスラに続け! EV新興企業が上場へ
最近の事例を紹介すると、新興のEV(電気自動車)企業、米「ルーシッド・モーターズ」が近く、ニューヨーク株式市場に上場しているSPAC「チャーチル・キャピタルIV」と合併し、公開企業になる見通しだ。約21億ドル調達する。ルーシッドのCEO、ピーター・ロリンソンは、約10年前にテスラでEVを開発していたエンジニアだ(Forbes)。
トヨタ自動車が400億円出資した空飛ぶタクシーの開発を進める米「ジョビー・アビエーション」は、SPAC「レインベント・テクノロジー・パートナーズ」と合併し、上場することを2月24日に発表した。時価総額は66億ドルに及ぶと予想されている。
空飛ぶタクシーは、ボーイングやエアバス、ベルなど大手のほか数十社のスタートアップが開発を手掛けているが、どうやって数十億ドルの資金を調達できるのか疑問視されていた。その答えのひとつがSPACで、ジョビーのほかにも、米「アーチャー・アビエーション」、独「リリウム」もSPAC経由で資金を得ようとしている(Forbes)。
ソフトバンクグループは、1月8日にSPACの第1号をナスダック市場に上場させ、5億2500万ドルを調達した。モバイル通信技術やAI(人工知能)、ロボット工学、クラウド技術、ソフトウエアなどのセクターに注目するという。その後、さらに2社新設し、最大6億3000万ドル(約660億円)を調達する計画を明らかにしている。AI(人工知能)関連企業などを合併先として探すらしい(ブルームバーグ)(日経新聞)。
日本の新興企業との合併を狙ったSPACも登場する。「Evoアクイジション」で、ナスダック上場で1億ドルの資金を調達する計画。テクノロジーや金融関連企業を合併候補に挙げている。社外取締役には千葉ロッテマリーンズ元監督のボビー・バレンタインが就任するという(日経新聞)。日本の新興企業にとっては、資金調達ができて、比較的短期間で米株式市場に上場できるチャンスが生まれる。
バブル的な現象
過熱するSPACにはバブル的な現象も出てきている。
2020年10月にSPAC経由で上場した新興EVメーカーのフィスカーは、まだ一度も売上高を計上したことがないのに、2025年の売上高は132億ドル(約1兆3800億円)になるとの見通しを投資家に示した。
世界がゼロカーボンに動き始め、今後EV需要が伸びるのは間違いないが、売上げゼロが5年後に1兆円を超えるというのは絵に描いた餅だ。通常のIPOではこうした潜在性の高さを売りにすることは制限されているという。
投資家たちがその数字に惑わされたわけではないだろうが、同社の時価総額は40億ドルを突破した。こうした事例がいくつも起きており、「投機的な企業を初期の段階で個人投資家に販売すべきではない」という批判も出ている(ウォールストリート・ジャーナル)。
ダイナミックさか健全性か
事業を持っている新興企業は上場の手続きに時間がかかるのに、ペーパーカンパニーのSPACが容易に上場承認されるというのも合点がいかない。SPACを活用した新興企業の上場は、「裏口上場」とも言われるのも無理はない。ただ、「新興企業が資金を集めやすくするためのツール。経済をダイナミックに発展させるためのツール」と割り切って考えてしまえば、それなりに合理性はある。株式市場のダイナミック度を優先するか、健全度を優先するかの問題だろう。
バブルもひとくくりにはできない。1980年代後半の日本の土地バブルや2000年代後半の米国の土地をベースにした金融バブルは、地価や株価など資産市場を膨らませる自己完結型バブルで、実体経済を直接発展させるものではなかった。それに対し、SPACは、新興企業を通じて未来へとつながっているのではないか。
日本では2008年にSPACの上場解禁が検討されたが見送られた。米国のブームを見て、再検討の動きが出てくるかもしれない。しかし、いろいろな面で保守的な日本では解禁されない気がする。