中国製造2025 ② 日本製品不買で気づかされた技術の遅れ

 前回ブログに続き、今回も「中国製造2025(Made in China2025、以下2025と略)」を取り上げる。2025は、世界の組み立て工場と化した中国を半導体から最先端のハイテク製品まで作れる製造強国に変貌させようという産業政策だが、それが生まれたきっかけは2012年9月の反日デモだったという。どういうこと?

中国に詳しい遠藤誉氏の新刊『中国製造2025の衝撃』(PHP研究所)に、この意外な因果関係が詳しく書かれている。

2012年の反日デモは尖閣諸島国有化への反発で始まったが、デモの興奮とともに日本製品が目の敵にされた。トヨタ・カローラに乗っていたばかりに中国人夫婦がデモ隊の暴徒に襲われ、夫は右半身が不自由になる悲劇も起きた。

しかし、この日本製品への反発が中国は組み立て工場だという事実を痛感させることになった。メイド・イン・チャイナとパソコンやスマホには書かれていても、中に入っている半導体などキー・パーツの多くが日本製品だったからだ。

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スマホの中は日本製品だらけ

遠藤氏はこう書く。
「デモに参加した若者たちは、「このスマホ、メイド・イン・チャイナなの? それともメイド・イン・ジャパン?」「で? 日本製品不買なら、スマホ捨てるの?」と自嘲しながら、最後は不満の矛先を、半導体を生産する技術も持っていないような中国政府にむけていったのである」(同書2㌻)。

そうした中国の社会情勢を反映したのが2012年12月4日の「中国青年報」の記事だったという。中国青年報は、中国共産主義青年団(共青団)の中央機関紙。記事は「核心的”キー・パーツ”がなかったら、ハイテク全体を突き動かすことができない」という見出しだった。サブ見出しは「コア技術が立ち遅れていれば、ハイテク製造業の競争力も劣勢となるだけでなく、基礎研究の足をも引っ張る」で、中国に製造技術が不足していることを指摘し、発展させることを訴える内容だった(同書20㌻)。

遠藤氏は自分なりの解釈を込めながら、記事の概要を紹介しているが、記事にはこんな一節があるそうだ。

北京のある科学研究院の研究員がiPhone4Sの図を添えて、ネットにこうコメントした。
「液晶画面、フラッシュメモリー、ブルートゥースからカメラ・モジュールに至るまで、裏には東芝、シャープ、ソニー、TDK、セイコーエプソンなどのロゴがある。それでも、このアイフォンは日本製品と言えないのだろうか?」「まさか携帯電話まで、ボイコットするんじゃないよね?」

青年報がこの研究員に取材すると、ネットに投稿した理由を匿名でこう語ったそうだ。
「日本製品不買運動をするだけでなく、乱暴狼藉を働いて暴れまくる反日デモ参加者に、こういう形を通して自分たちが何をしているのかを知らせたかったからです。科学技術力における、この埋めようもないほどの日中のギャップは、いったいどこから来ているのか、だから私たちはいったい何を具体的になすべきなのかを考えてほしいと思ったからなのです」(以上、同書24~25㌻)。

習近平は、この青年報の記事が出る直前の11月15日に第18回中国共産党大会で党総書記に選ばれている。遠藤氏によると、習総書記は、科学技術の遅れを挽回したいだけでなく、遅れの責任に対する批判が政府に向くのを恐れて、中国工程院に「製造強国戦略研究」という重大諮問プロジェクトを立ち上がらせた。2013年の年明け早々のことという。

中国工程院は中国政府(国務院)の直属で、共産党の組織ではない。習氏は党総書記にはなったが、まだ国家主席の役職にはない。党が決定権を握る中国のことだから不思議ではないのだが、習氏にとってかなり優先順位の高いプロジェクトだったに違いない。

習近平が急いだ理由

急がざるを得ない理由があった。中国経済の変化である。急成長の原動力となった「世界の工場」時代から卒業する時期が来ていた。中国が豊かになり始めると、賃金が上昇し、企業は生産拠点を中国から低賃金のベトナム、インドネシアに移し始めたからだ。

先進国にはまだ追いつけず、低賃金の途上国からは追い上げられ、競争力を失い、成長が停滞する、いわゆる「中進国(中所得国)の罠」だ。もはや低賃金には戻れないから、選択肢は限られている。技術力を高めるしかない。皮肉なことに日本製品不買がその現実を多くの中国人に知らせるきっかけになった。

「中進国の罠」は習近平政権にもうひとつ大きな問題を突き付けた。2025の誕生とは直接関係ないが、根っこはやはり中国経済の変化にある。

大きな問題とは、2.7億人近い農民工の存在だ。急成長を支えてきたのは農村から都会に出稼ぎにきた「農民工」だった。どんなに低賃金でも、3K(きつい、きたない、きけん)のどのような仕事でも引き受け、ブルーカラーの主力軍として働きまくった。

しかし、「世界の工場からの卒業」となると、農民工たちは「用なし」になってしまう。職を失った農民工たちの不満が募り反乱を起こしたら一党支配体制は危機にさらされる。

そこで、習近平政権は、農村を都市化して職場を生み出して、農民工たちをそこに戻す民族大移動の「国家新型城鎮化計画」を打ち出した(以上、同書34~37㌻を基にまとめた)。

前回ブログでは、中国製造2025をめぐり、中国が表と裏の顔を使い分けている疑いを書いた。とても大国とは言えない振る舞いだが、2025誕生の経緯を知ると、中国に大国意識がまだ備わっていないことがわかるのではないか。図体は大きいけれど精神は未熟。一帯一路や南シナ海進出など、行動はすでに大国なのだからももっと成熟してもらいたいものだ。