台風19号で荒川は本当に氾濫しそうになったのか

全国71の河川を氾濫させ、死者・行方不明者89人を出した台風19号。氾濫すれば、都内23区の三分の一のエリアが浸水すると想定される荒川も危険水位に追い込まれた。でも、千曲川や那珂川、阿武隈川など、川が氾濫し深刻なダメージを受けた地域があるので、当然ながら荒川ローカルの情報はほとんど流れず実態は伝わっていない。果たして、荒川下流はどんな状況にあったのか、氾濫しそうだったのか--調べたことを伝えたい。

荒川氾濫の危機をいち早く警告したのは、12日午前9時45分に発令された江戸川区の避難勧告だ。「台風による雨で荒川流域の平均雨量が500ミリを超えると想定されることから、浸水のおそれのある地域の21万4000世帯、43万2000人に避難勧告を出しました」(NHK)

台風は、潮岬のかなり沖合で、都内ではまだ、雨風がひどくないときだったから、それほど深刻な事態が迫っているのかと驚かされた。ゼロメートル地帯の江戸川区は洪水対策に先進的な自治体だから危機に対するアンテナも感度がいいのだろう。

江戸川区の心配通り、午後4時、荒川の熊谷水位観測所(河口から76.53㌔)で、「氾濫危険水位(5.50㍍以上)」に達した。

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午後8時50分、岩淵水門閉鎖

江東5区に洪水の危険性

午後8時50分には、隅田川との分岐点になる岩淵水門(河口から21.08㌔)が閉鎖された。北区赤羽付近にある岩淵水門は、もともと隅田川の氾濫を防ぐために作られたもので、水門閉鎖で、荒川上流から押し寄せる水は荒川本流が引き受けることになり、江東5区の洪水の危険性が高まった。

水門閉鎖を伝える国交省関東地方整備局の発表文がこれ。
「台風第19号の降雨により、岩淵水門地点の水位がAP+4.0mに達しました。このため、岩淵水門を閉鎖し、隅田川への洪水流入を防ぎます。今後の台風情報等にご注意ください。」

「氾濫を防ぐ」ではなく、「洪水流入を防ぐ」と表現しているが、隅田川が中央区などの都心部を流れるために氾濫を防ぎたいのだろう。

※東京新聞が11月8日に岩淵水門を閉鎖しなかったら隅田川が氾濫していたという記事を伝えている。文末に加えました(11月13日追加)。図を添えて、記事が伝える、台風19号時の荒川、隅田川の水位状況を11月14日にまとめました

折しも、翌13日の『Mr.サンデー』(フジテレビ系)生放送で、橋下徹・元大阪府知事が「都市化されている下流地域に被害が出ないように、上流部であえて氾濫させる」と明かし、大阪を例に「淀川が氾濫しないように琵琶湖で止め氾濫させる、いざというときは奈良県側で氾濫させる」と、行政が氾濫個所を意図的に操作する可能性を指摘して、反響を呼んだ。

もっとも隅田川の氾濫を防いでも、荒川本流の右岸が決壊すれば、都心部も浸水は免れない。

氾濫の危険は台風が過ぎてからだった

12日の動きに戻ると、台風19号は、午後10時には千葉県松戸市に到達、都内の雨風はピークを過ぎたようだった。しかし、国交省の水位計を眺めていると、荒川の危機のピークは、むしろ、それからだった。

荒川を水害から守るのに大きな役割を果たすのが埼玉県戸田市にまたがる「第一調節池」だ。3900万㎥の水を貯めることができるらしい。3900万と言っても、その数字が氾濫を防ぐに十分な量なのか見当がつかない。

まず、荒川の流量を知る必要がある。東京理科大の二瓶泰雄准教授らのレポートが見つかり、それによると、荒川が東京湾河口に流す年平均流量は毎秒81㎥らしい(レポート図3)。おおまかに言って、半分が川の上流からの流量、半分が下水道・都市河川の流量だ。
第一調節池3900万㎥をこの81㎥/秒で割ると、48万7500秒=約135時間となった。5.5日分の流量を貯めることができるわけで、かなりの余裕を荒川にもたらす。

第一調節池では荒川の氾濫は防げない

もちろん、台風時は81㎥/秒ではすまない。大雨時の川の流れの速さを誰もが見たことがあると思うが、10倍ぐらい流量が増えててもおかしくない。仮に10倍増ならば、調節池は13.5時間で満水になる。このあたり、素人推定なので、河川工学の専門家に話を聞いてみたい。

今回の台風で、第一調節池は実際に、どれだけ貯水したかというと3500万㎥だった。90%の貯水率で、もうあとわずかしか受水力はなかった(産経新聞)。

第一調節池の13日の水位変化

満水近くまでに至る動き、時間を国交省のサイトで確認すると、13日午前1時には水位2.16㍍だったが、4時5.55㍍、8時10.90㍍、12時11.06㍍と急速に増えている。12時がピークだが、11時間で90%満水になってしまったわけで、もっと雨が降っていたら、下流の水位は危うかったのではないか。

より下流の岩淵水門の水位を見ると、13日午前4時すぎに、「避難判断水位(6.5㍍以上)」に達した。氾濫危険水位(7.7㍍以上)一歩手前のレベルで、その後も増え、10時に7.16㍍に達した後、ようやく減っていった。

岩淵水門の帰趨は、第一調節池がなかったら、恐らく危険水位に達していただろう。調節池のお陰である。しかし、調節池に残された余力はわずかだった。雨量がもっと多ければ、調節池に貯めきれない水が下流に押し寄せ、水門付近も危険水位になっただろう。

もっとも、荒川の下流部約30キロを担当する国交省荒川下流河川事務所にとって、13日未明の治水作業は予定通りの行動だったのかもしれない。つまり、第一調節池に90%程度流せば、大規模氾濫の危険は避けられるとの見通しで、水位の上昇は想定内だったのかもしれない。余裕の作業だったのか、必至の作業だったのか、本当に知りたいのはそのあたりだが、さすがにネットで調べることができる領域ではない。

今回は氾濫を回避できたが、調節池はもっと欲しい。第一のやや上流のさいたま市、川越市、上尾市に第二(治水容量3800万㎥)、第三(同1300万㎥)調節池の建設が2018年度から始まっている(こちら)。しかし、完成は2030年度でまだかなり先だ。温暖化で猛烈な台風が日本に上陸する機会が増えているので、前倒しの完成が望まれる。もっとも日本全国、そうした要望であふれかえってくるだろうが。

※荒川下流の水防上、最大のウィークポイントの場所がある。こちらです。「荒川下流域、氾濫のウィークポイント「京成本線鉄橋」」

東京新聞記事

「(岩淵水門を)閉めた後、十月十三日午前九時五十分時点で、観測所の最高水位が避難判断水位(六・五〇メートル)を上回る七・一七メートルまで上昇していた。これは、隅田川の堤防の高さを二十七センチ超過している。隅田川と荒川の水の高さの差は五・五五メートルに達していた。

 同事務所は「岩淵水門を閉鎖していなければ、隅田川の堤防を越水し、氾濫した恐れがある」としている。水門の閉鎖は、水位が低下した十五日午前五時二十分まで続いた。」

「堤防の高さを二十七センチ超過」というのはわかるが、隅田川の方が荒川よりも低いところを流れているから氾濫しやすい、隅田川の堤防が荒川よりも低いから氾濫しやすい、ということなのだろうか。水の高さの関係がわかりにくい記事だ。