武漢の実情を伝え、中国政府のレッドラインを踏んだ陳秋実氏

 新型コロナウイルスについて書きましたが、関心の高まっている国内感染のことではなく、中国の統治に関わるテーマです。世の関心とずれてるかもしれませんが、興味深い人物なのでまとめました。

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 新型コロナウイルスの震源地・中国武漢の現場を動画でリポートしてきた市民記者、陳秋実氏(Chen Qiushi、34)が2月6日夕から姿を消してしまった。リポート内容が政府のレッドラインを踏んだのか、当局が隔離を名目に拘束しているようなのだ。

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日本のテレビも陳氏撮影の映像を放映

 陳氏が発信した動画の場面は、日本のテレビでも放映された。自分の感染を疑う女性看護師が、「診察してもらえない」と地面にうずくまって、泣き叫ぶ場面は、陳氏が録画した映像だった(動画は、「アジアンドキュメンタリーズ」という動画配信会社が、日本語字幕付き、無料で提供してくれている。26分超の長さで、泣き叫ぶ場面は11分ごろ。冒頭に掲載したツイッター動画は、その短縮版)。

 動画は、陳氏(なぜか下着ランニングシャツ姿)の語りがほとんどで、武漢のタクシー運転手の間では、昨年12月下旬に、原因不明の肺炎が話題になっていたことや、取材に訪れた病院の様子を報告している。

 病院には、国内外のメディアの姿はなく、あっても、国営の中国中央テレビは、防護服姿で、比較的軽い症状の病室での取材だったそうだ。陳氏は、ゴーグルとマスクだけという突撃取材。

 その病院は、患者であふれ、冬の寒い中、屋外で棒にぶら下げて点滴している姿や、検査キットがまったく足りないことなどを語っている。1月29日ごろの撮影で、国内外のメディアが現場をまだ伝えきれてない時期だったと思う。

「前にはウイルス、後ろには中国の法律・行政」

 自分が感染することの恐怖、司法局、青島公安局から接触があったこと(電話のようだ)、「恐いですよ、前にはウイルス、後ろには中国の法律・行政がいます」と語る。そして、最後に、涙声で「お前ら共産党が恐いものか!」と叫んで、映像を終えている。

 陳氏は、武漢が封鎖された翌日の1月24日に現地に着いて、取材、発信してきた。友人たちが日に何回も連絡を取っていたが、6日夕から応答がなくなった。

 陳氏の母親はその日、青島公安局、国家公安局から、息子が隔離の名で拘束されたことを知らされたという。陳氏の友人は、行方不明になる前の陳氏は健康だったという(CNN)。

 その陳氏は1月初めに東京で共同通信の古畑康雄記者のインタビューを受けている。

中国ではかなり有名

 インタビューの記事によると、陳氏は1985年、黒竜江省生まれ。2007年に黒竜江省大学を卒業、レストランやホテルの従業員、俳優、声優、警察系メディアの記者、テレビ番組の司会者と、多彩な職歴を経て、14年に司法試験に合格して弁護士になった。

 北京テレビの「私は演説家」という番組で2位になり、有名になったという。テレビやネット番組に出演したが、江西省で発生した水害を動画で発信し、アカウントを削除され、昨年8月に香港の民主化デモを取材すると、微博(ウェイボー)など中国のSNSから追放された。

 陳氏には、国内、あるいは海外の勢力がバックにあるのではと疑う者もいるそうだ。古畑記者がその点について尋ねると、陳氏は、素直に「そのような疑いを抱くのは正常だ」と答えたうえで、「私はスパイでも(中国政府の)宣伝工作員でもない」と当然ながら否定する。

 ひょっとすると、政府高官の中に陳氏の行動に、秘かに賛同してくれる者がいるかもしれないとも答えている。

 まっとうな市民感覚の持ち主であることがインタビューからはうかがわれる。「国外での活動を考えていないのか」という質問に対して、「私は移民したいと思っていない。なぜなら私は祖国が好きだからだ」と答え、さらに、「(私にとって)愛国というのは、日々『打倒米国、打倒日本』などと叫ぶのではなく、中国が様々な問題を解決する手助けをし、中国がより良くなり、人々が幸福に暮らせるようになること」と国家より個人を優先させる。

 また、「中国では日本も台湾も香港も米国もだめで、中国だけがすごいと宣伝している。だがこれは恐ろしいことで、中国人をますます思い上がらせている。日本にも、どの国にも社会問題がある。だが日本はそれでも世界第3位の経済大国であり、資源も少ないのに多くのことを成し遂げ、多くの優れた点がある。人の欠点ばかりを見るべきではない。もし自分が日本語を習得したら、多くのことを学びたい」と偏見を混じえずに合理的な考え方ができる人のようだ。

厄介な存在を抱えてしまった習近平政権

 公安当局は、陳氏に武漢の実情を発信させないため、感染がヤマを越えるまで拘束を続けるのだろうか。しかし、自分で見たこと、聞いたことを伝えるのが陳氏の主義らしいので、解放したら、拘束中の出来事も洗いざらい発信してしまうかもしれない。その中で、言論の自由を奪ったことがはっきりすれば、公安当局としてだけでなく、習近平政権にとっても都合悪いだろう。果たして、どんな結末をイメージして拘束に踏み切ったのだろうか。

 陳氏のニュースを見て連想するのは、原因不明の新型肺炎に早くから警鐘を鳴らしたばっかりに、当局に目を付けられ拘束された眼科医、李文亮氏のことだ。

 李氏は、新型肺炎に感染し、亡くなった。その顛末は中国国民を怒らせた。もし、拘束中に陳氏の身に異変が起きれば、当局も収拾にてこずる怒りが国民の間に高まるのではないか。李氏の際には、中央政府は、「知らなかった」と武漢市に責任を負わすことができたが、陳氏の場合は、すでに行方不明となったことが情報として流れているし、その言い訳は通用しないだろう。

 その意味では、習近平政権は、拘束に踏み切ったことで、自ら厄介な存在を抱えたように見える。香港の民主化デモに対しては、中国政府そのものは、強権的な姿勢を取らない余裕があったが(「香港デモへの対応に見る、習近平の本当の「レッド・ライン」」)、陳氏に強権を発動したのは、それだけ危機感が大きいからに違いない。

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