香港デモへの対応に見る、習近平の本当の「レッド・ライン」

香港の民主化要求デモが始まって半年。この間、人民解放軍による武力弾圧、天安門事件の再来を懸念する見方もあったが、いまのところ杞憂で済んでいる。

中国政府は、あまり表舞台には姿を見せず、香港政府当局にまかせてきて、思ったより介入しないな、という印象だった。その姿勢の裏には、恐らく、香港デモが「民主化運動の震源地」にはなりえないと踏んでいるせいではないか。

中国崩壊論も消えていない

それとは逆に、香港デモが中国共産党支配を崩すきっかけになるとの見方(期待に近いかも)も海外では消えていない。ペンシルベニア大学の歴史学者、アーサー・ウォルドロン氏は「中国の崩壊はもう始まっている(“China’s disintegration is now under way,”)」と言う(ウォールストリート・ジャーナル)。

中国史を研究しているウォルドロン氏は、中国の歴史においては、「崩壊は帝国の端で始まる。それが進行すると周辺領域を次第にむしばみ、最後に中央の権力が危険にさらされる」と説く。隆盛を誇った唐は、首都から遠く離れた場所での反乱から滅び、清も中国南部で始まった太平天国の乱で二度と立ち直れなくなった。

「国家統一」は、中国で主導権を握ろうとする者にとって頭の痛い問題だ。いまの中国共産党政権も、「香港の乱」の中国本土への波及を一番恐れているだろう。

目立った介入を控える中国政府

実は、習近平国家主席は、中国共産党総書記に就任間近の2012年7月、香港に分離運動の高まりをかぎ取っていた。当時、習氏は香港を監督する党委員会のトップでもあり、「香港の独立分子を抑え込むための党の指示」を出していた(ウォールストリート・ジャーナル)。

そして、香港返還20周年の2017年7月に香港を訪れた時、習主席は「香港は中国国家の偉大な再生を目指す素晴らしい旅路に加わった」と宣言するとともに、中国政府の力に歯向かうのは「レッドライン(越えてはならない線)を越える行為だ」と述べたという(同上ウォールストリート・ジャーナル)。

この言葉を額面通りに受け取れば、香港デモは、レッド・ラインを越えている。香港政府を越えて中国政府も非難しているし、7月には中国政府の出先機関である香港連絡弁公室を包囲し、抗議活動を展開した。

状況としては、人民解放軍の出動までには至らずとも中国政府が介入してきても不思議ではなかった。実際、8月には、中国本土との境界付近に中国人民武装警察(PAP)の大規模部隊が集結し、デモ鎮圧に出動かと疑わせた(CNN)。

中国建国70周年記念式典の10月1日がタイムリミットとの見方もあった。香港を反乱状態のままにすれば、国家統一の記念日に影を落とすから、それまでに強硬措置を取ってでも沈静化させるのとの見方だ。

しかし、タイムリミットっを過ぎても何事もなく、習主席は11月4日になって、デモ開始以降初めて香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官と上海で会談した。会談前には、林鄭更迭の報道もあったが、習主席は、香港政府の努力をねぎらったうえで、林鄭氏に「深く信頼している」と伝えたという(東京新聞)。香港に任せる姿勢を世界に深く印象づけたと思う。

「レッド・ライン」が後退

習主席がかつて警告したレッド・ラインを越えても、香港に対し強く反撃しないのは、民主化要求の波が思ったよりも中国本土に届かず、香港ローカルにとどまっているからに思える。

11月5日放送のNHK『クローズアップ現代』で、中国共産党系メディア「環球時報」の胡錫進編集長が述べた言葉に近いものを習主席も抱いているのではないか。
「香港の騒ぎは、中国全土に飛び火さえしなければ、小さな問題に過ぎません。ほとんどの香港人はわかっているはずです。弱者は強者にかなわないことを」

胡編集長は、ナショナリスティックな発言をツイッターに投稿する人物で、最後の露骨な大国主義的な言葉は習主席は口にしないだろうが。

「中国モデル」に自信

それはともかく、「中国全土に飛び火しない」という胡編集長の自信は、7月のニューヨーク・タイムズの記事(東洋経済オンラインが翻訳してくれている)を読むと合点がいく。

記事は、アメリカの一流大学に通った中国人女性を紹介している。4年間香港の金融業界で働き、中国本土に戻る予定はない。アメリカンカルチャーになじみ、記事の筆者から見れば、「香港の抗議者たちに賛同するだろうと思われるタイプの中国人」だ。

しかし、その女性は、香港デモについて「どうして何の利益にもならないことをするのか、私にはわからない。こんなことをして何が得られるというのだろうか」と言う。

こうした反応は、この中国人女性だけではない。「筆者が知る教養のある中国人、つまり国外に出る機会があり、グローバルなインターネットを目にすることができる中国人の大多数が、抗議者たちは時間を無駄にしていると考えている」。

中国政府による検閲を受けた記事しか読めない本土の中国人ならまだしも、海外に住み、海外メディアで事態の全体像を知る中国人でさえ、その多くがこの女性のように考えていることに筆者は「意外だ」と驚く。確かに意外だ。

筆者は意外な現象について、こう分析する。

「「中国モデル(China Model)」としばしば称される成功、つまり個人の権利を犠牲にして得られた経済成長に対する、根深い信念を反映している」

個人の人権や自由よりも経済の発展を優先させ、それで世界第2の経済大国になったのだからいいではないか、という考えだ。そこには、成功した自国モデルへの自信、「欧米のマネをしなくてもやっていける」との思いも込められているのだろう。

かつて香港は中国人からは憧れの繁栄都市だった。しかし、いまや勢いは逆転してしまった。「デモなんてやっているヒマがあるなら、香港の再建に努めなさい」というわけだ。

経済が発展し、国民が中流階級の生活を送るようになれば、中国も自由と民主主義の価値観を共有するようになる--との読みで先進国は中国との経済関係を発展させてきた。

しかし、欧米文化を身に付けたと思われる中国人エリート層が国家の現状にあまり不満がないとすれば、自由と民主主義の浸透には疑問符がつきそうだ。

今後も非介入路線が続くか

中国政府が、香港への表立った介入、強権的な姿勢を控えたのにはいろいろ理由があるだろう。米中貿易交渉のさ中に、人権を重んじる米議会を刺激したくなかったこと、来年1月の台湾総統選挙を前に、反中派を勢いづかせたくなかったこと、香港の親中派財閥の反発を買いたくなかったことなどが想像できる。

そうした理由に加え、香港デモが中国共産党一党支配体制を揺るがすほどのマグニチュードは持たないと習主席が見切ったのではなかろうか。200万人デモの時は動揺したかもしれないが、レッド・ラインである中国本土への飛び火はいまのところ見られない。とすると、非介入路線は今後も続くということか。

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