英投資ファンドが付けた東芝のお値段は正当か

目次
車谷社長は利益相反
上場廃止したら3年後に再上場
株価より30~40%高く買い取り
キオクシアの評価が1兆円以上違う
物言う株主は「売却に応じない」

「出来レースかな」と記事を読んでいて思った。英投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズによる東芝への買収提案の記事だ(日経新聞)。

 東芝は、いわゆる「物言う株主(アクティビスト)」から、株主総会運営の不透明性などを突かれ、経営陣が責め立てられている最中だった。アクティビストらが株主になったのは、東芝が債務超過による上場廃止を免れるため資金を導入したからだ。

 その苦境時にCVCが現れ、2兆円で東芝を買収したら株式を非公開化すると提案してきたのだ。エフィッシモらアクティビストらがCVCへの株式売却に応じれば、経営陣の悩みは一掃される。

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車谷社長は利益相反

 だが、東芝の「車谷暢昭社長兼最高経営責任者(CEO)は元三井住友銀行副頭取で、CVCの日本法人会長も歴任した」という記事の一節を読むと、「車谷社長がCVCに頼み込んだのでは」と思えてくる。

 早速、『フォーサイト』も、「東芝2兆円買収に乱れ飛ぶ「出来レース」説」という記事を流している。

 東芝は、社内チームを設置して、買収提案を検討するが、利益相反の疑いを排除するため車谷暢昭社長には途中経過を説明せず、直接、取締役会に経過や検討結果を報告する方針らしい。共同通信の独自ネタだ。

上場廃止したら3年後に再上場

 当初の報道では、CVCの「イグジット」、つまり投資資金の回収方法がはっきりしなかったが、その後の報道で、買収提案の内容が明らかにされ、約3年後に再上場する計画だという(読売新聞)。
 
 なぜ、わざわざ非上場にするかと言えば、「経営陣が、短期的な利益の還元を求める投資ファンドなど「物言う株主」からのプレッシャーにさらされていることの弊害」を挙げている。

 車谷社長にとっては、願ってもない助け舟だが、CVCが損得抜きで車谷社長を助けるわけがない。3年後の再上場で東芝株を売却して利益を得るのが目的だ。

株価より30%高く買い取り

 企業買収で相手方の株式を買い取る時には、株価にプレミアムを上乗せして、売却を誘う。今回の買収で、CVCが提示している買収プレミアムは約30%だ。買収提案した4月6日の株価は3830円だったから、買取価格は、1株当たり約5000円。東芝の株式価値を2兆3000億円程度と評価していることになる。プレミアム30%というのは、高いのか、安いのか。

 企業買収を請け負うM&A総合研究所の矢吹明大氏の解説によると、買収プレミアムの平均割合は約30~40%だという。

 矢吹氏は、過去の買収・資本提携20例のプレミアムを紹介している(表)、高額買収で話題になった武田薬品工業によるアイルランド製薬大手、シャイアーの買収には、64.4%のプレミアムを付けている。

買収額とプレミアム20例   HD=ホールディングス
  買収・資本提携企業 相手先企業 買収額 プレミアム
1 前田建設工業 前田道路 861億円 51%
2 電通 セプテーニHD 約70億円 53.9%
3 武田薬品工業 シャイアー 約6兆8000億円 64.4%
4 やがみビル ヤガミ 約21.7億円 8.33%
5 東レ・三井物産 曽田香料 約39億8000万円 0.35%
6 オカモト 理研コランダム 約3億5900万円 4.57%
7 ソフトバンクグループ フォートレス 約33億ドル 約39%
8 マイクロソフト リンクドイン 約2兆7772億円 49.5%
9 セブン&アイHD ニッセンHD 約126億円
10 ソフトバンクグループ アーム 約3兆3000億円 43%
11 第一生命保険 プロテクティブ 約5800億円 35%
12 サントリーHD ビーム 約1.7億円 約25%
13 やまや チムニー 約140億円 40%
14 MXHD NECモバイリング 約720億円 8.36%
15 アサヒグループHD カルピス 約1200億円 約30%
16 グーグル モトローラ・モビリティ 約1兆円 62%
17 ウォルトディズニー プレイドム 7.6億ドル 非公表
18 パナソニック 三洋電機 約5600億円 21%
19 キリンHD ライオンネイサン ナショナルフーズ 約5352億円 38.9%
20 東京海上HD フィラデルフィア・コンソリデイテッド 約4987億円 66.5%
         
  (出所)M&A総合研究所      

 東京海上HDによる米大手保険会社のフィラデルフィア・コンソリデイテッド買収は、さらに高く66.5%のプレミアムだ。

 逆に低い事例としては、創業家一族の資産管理会社、やがみビルによるヤガミ(教育関連商社)買収などがある。

キオクシアの評価が1兆円以上違う

 プレミアムは、相手先企業の財務状況や稼ぐ力、研究開発力といった企業の実力と保有株主の売却意欲などで決めるが、東芝の場合、値決めの焦点は、グールプ企業の半導体大手メモリー、キオクシアホールディングス(旧東芝メモリホールディングス)にある。

 日経新聞によると、「キオクシアの時価総額について、アナリストの試算は1兆2000億~2兆6000億円程度と幅が広い。東芝が保有する40%分だけでも5000億~1兆円程度と、2倍の開きがある」と見方が割れている。どちらの見方を取るかで買収価格も変わってくる。

 キオクシアにとって、中国通信機器大手のファーウェイ(華為技術)はいいお得意さんだったが、米中対立のため出荷停止となってしまった。しかし、昨年来の新型コロナウイルス下でテレワークなどデジタル化が進み、半導体需要が拡大している。この状況変化がキオクシアの価格を引き上げている。

「キオクシアには今年に入って、米同業マイクロン・テクノロジーやウエスタンデジタル(WD)が買収を提案していたことが分かっている。米報道によると企業価値を300億ドル(約3兆3000億円)規模と評価したとされる」(前出日経新聞)とキオクシア1社だけで、CVCの東芝全体の買収提案額を軽く上回るのだ。

物言う株主は「売却に応じない」

 このため、「一般の機関投資家は5000円の買い付け価格を魅力的と受けとめ買収に応じる可能性があるが、アクティビストが想定する東芝の企業価値はもっと大きく、買い付けに応じるとは考えにくい」(シティグループ証券の江沢厚太氏)」と日経新聞は伝えている。

 CVCは、官民ファンドの産業革新投資機構(JIC)や、政府系金融機関の日本政策投資銀行(DBJ)を巻き込んで、7月から8月にかけて株式公開買い付け(TOB)を実施する計画だが、それまでにいろいろと紆余曲折のありそうなM&A劇だ。

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